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星渓園「楽しいお茶会」
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『熊谷なないろ食堂』(毎月第3水曜日)
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『熊谷なないろ食堂』(毎月第3金曜日)
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星渓園「楽しいお茶会」
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『熊谷なないろ食堂』(毎月第4水曜日)
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『熊谷なないろ食堂』(毎月第4金曜日)
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「みんなの家子ども食堂」
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実施日 実施日  

  
投稿者 : kuma06 投稿日時: 2018-08-16 16:19:08 (4961 ヒット)

とうろう流し
熊谷空襲で亡くなられた、たくさんの人々の冥福を祈ります。
とき 8月16日(木曜)19時頃
ところ 星川いこいの広場
◆星川とうろう流し実行委員会(まちづくり熊谷)TEL048-501-8855

市報8月号より転載 http://www.city.kumagaya.lg.jp/

 

熊谷市公式HP「とうろう流し」
http://www.city.kumagaya.lg.jp/kanko/matsuri/tourou.html
 

 

画像は、まちづくり熊谷 インスタグラムより転載させていただきました。
https://www.instagram.com/machidukuri_kumagaya/


投稿者 : kuma09 投稿日時: 2018-08-16 16:13:34 (998 ヒット)

 

浴衣で大集合!星渓園夕涼み会

名勝・星渓園で夕涼み。お抹茶と和菓子を賞味し、和の演目を鑑賞しませんか?
とき 8月18日(土曜)14時30分~20時(抹茶は18時まで)
ところ 星渓園
費用 入場無料(抹茶は有料)
※正式なお茶席ではありません。
舞台演目 日本舞踊、三味線、長唄等
主催 熊谷和楽の会・熊谷まちなかモール委員会(共催)
◆熊谷まちなかモール委員会 TEL048-501-8855

市報8月号より転載 http://www.city.kumagaya.lg.jp/
 


投稿者 : ゲスト 投稿日時: 2018-08-16 16:13:20 (6435 ヒット)
群馬県千代田町のお祭りですが、利根川河川敷の赤岩地先で行われるスターマイン・水上スターマイン・打上げ花火は、
熊谷市の葛和田(渡船場付近)でもご覧になれます。
葛和田の渡し(赤岩渡船)は、午前8時30分~午後5時までなので、お祭り中に対岸に渡ることはできません。

平成30年8月18日(土曜)  午後5時~午後8時40分
【荒天の場合8月19日(日曜)へ順延】

詳しくはこちらをご覧ください。お問い合わせも下記リンク先にお願いいたします。
千代田町ホームページ「千代田の祭 川せがき」
http://www.town.chiyoda.gunma.jp/keizai/syoko/syoko007.htm
 

投稿者 : kuma09 投稿日時: 2018-08-15 14:12:39 (1262 ヒット)

熊谷市レクリエーション協会第33回納涼盆踊りの夕べ

とき 8月16日(木曜)19時~20時30分頃
ところ 星川若者広場周辺
曲目 熊谷まつり音頭、直実節ほか
◆スポーツ観光課(市レク協事務局)TEL内線391

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市報8月号より転載 http://www.city.kumagaya.lg.jp/
場所はこちらをご覧ください。
http://www.atsuizo.com/modules/atsunavi2/index.php?lid=88


投稿者 : kuma09 投稿日時: 2018-08-14 16:28:46 (1919 ヒット)

熊谷市における戦災の状況(埼玉県)

1.空襲等の概況

昭和20年(1945年)8月14日、この日は熊谷市民にとって永久に忘れることのできない日である。

午後11時30分頃、房総半島の南方より侵入してきた数十機のB29は、空襲警報下(当夜は警戒警報出ず)の熊谷を襲った。最初の2機は偵察のためか、市街地上空を北方へ去り、すぐ引き返して来たとおもうと、すでに佐谷田、久下方面は火に包まれていた。そして高度3000~5000メートルの上空から、昼をあざむく照明弾とともに、夕立雨のように落下する無数の油脂焼夷弾とエレクトロン焼夷弾によって、市街地は瞬時にして火の海と化した。火に焼かれる者、傷つき倒れる者、逃げまどう人たち、子を探す親、父母を求める子どもなど、阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄であった。
当時のアメリカ軍は、熊谷市は、中島飛行機株式会社の飛行機部品(機体及びエンジン)製造の中心地の一つとして考えており、また中島製品の最も重要な分配センターの一つと考えていた。そのことが、熊谷市が空襲を受けた理由のひとつと考えられる。また、軍の施設として、埼玉県所沢市に次ぐ第二の操縦教育の学校となる熊谷飛行学校があった。当初は操縦教育を行っていたが、本土決戦が近づくにつれ飛行部隊として編成換えが行われ、特攻隊操縦者の養成の任務を受けた。敗戦後は米軍の進駐が行われ、米軍が基地から撤退した現在では、航空自衛隊熊谷基地となっている。

多くの消防団員、警防団員は、我が家の焼けるのを見棄て、家族の行方も求めず、全力を尽くして消火につとめ、市民の避難誘導に当たったのである。市街地の3分の2を焼き尽し、死者266名の多きを出した火は、翌15日午後5時ごろようやく消えたが、余燼(よじん)はなお数日にわたってくすぶっていた。街は一面の焼け野原となり、多くの犠牲者が星川に、防空壕の中に、道路や溝に焼け死んでいた。特に星川付近は100名近い焼死者が重なっており、悲惨の極みであった。

そして皮肉にも空襲を受けた翌日終戦となり、埼玉県下唯一の「戦災指定都市」の指定を受けた。あと1日早く戦争が終わっていれば多くの死傷者を出さずに済んだのではないだろうか。

2.市民生活の状況

3.空襲等の状況

4.復興のあゆみ

5.次世代への継承

以上、総務省ホームページより転載。

写真及び2.以下の項目本文は、ぜひ総務省ホームページでご覧ください。
http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/daijinkanbou/sensai/situation/state/kanto_05.html

なお、総務省ホームページにある「平和バス」について今年度の開催は未確認ですが、
例年以下の通り開催されています。
開催時期:毎年11月中旬頃
場所:熊谷市役所出発
主催:熊谷市(担当 庶務課庶務係 048-524-1111内線234)
内容:恒久平和への願いを込めて平和関係の施設等を見学する。


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